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お久しぶりです。

2013年初めての記事ということで、遅ればせながら本年もどうぞよろしくお願いします。



昨年暮れ、母が父のもとへと旅立って、これで主人の両親、私の両親ともお別れすることになりました。
今まで心のどこかで頼りにしていた存在ですから、正直まだ寂しさが押し寄せてきます。
ブログを始めたのも母を励ますつもりででした。

それから自分自身の体のこと、母の病気のこと、これからのこと……。
考え続けた日々でした。

夢は小説家。
一応本を出せたということを母には見届けてもらいましたが、これから自分がどういうように生きて行くのか、本当に真剣に考えていきたいです。

大きな岐路に立たされている気がします。
まだこわごわですが、第1歩を踏み出したいと思います。



次回からは通常記事に戻りますね。

先月初めで中断している出版までの過程や読んだ本の紹介などしていく予定でいます。

またお立ち寄りをお待ちしています。



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少し間があいてしまいました。これまでの経過については、プラグイン(サイドバー)にある「カテゴリ」の項目にある「本出版までの日々」から辿れます。
過去記事から順をおって読んでいただけるように設定しています。

では再開。

「Destiny」の誕生秘話でもありますよ。

晶惺さんと合作をしようということになり、まず、どんなストーリーにするかという所からスタートしました。
お互いに色んな案を出し、その中から面白そうなものを色々組み合わせたらいいのじゃないかと。

短大に入る以前から書いていた未来宇宙戦争ものと設定だけしていた話を休学中にうまく融合させて私なりに物語を考えていたものを提案しようと思い、筋書きを練りました。

設定だけしていた話、こちらはある少女が主人公でした。
宇宙人の侵略戦争で負けてしまった地球。宇宙人に支配され、奴隷のような生活をする中、新天地を求めて宇宙に旅立っていくというようなストーリーです。
少女は両親を戦争で失って、父親の親友である医師に引き取られた子です。

このお医者さんがダグラス・ワトソン。
「Destiny」で主人公のエディの後見をしていたお医者さんですね。
で、少女はその時は榊原ジュンという名前でした。

もう一つの宇宙戦記ものの方でも、軍医のハモンド中佐が信子という戦災孤児の養父になる設定でしたから、そこも被ってしまいます。

ハモンドもダグラスもイメージは同じ人。カナダ人の映画俳優さん。
後にコメディアンに転身して人気者になりますが、当時は悪役もやるバイプレーヤーでした。
まだ名前もあまり知られてなかったです。
でも私は大好きで(今もですが)どうしても彼の雰囲気の人を出したいのと、自分と関わってくれたらなあっていう夢みたいな淡い恋心から考えた設定で、今から思うと、気恥ずかしいことなんですが。


ジュンとダグラス、信子とハモンドの関係が「Destiny」ではジェミニとダグラスという形になりました。
少女が日本人でなくなったのは、自分を投影するキャラクターは作らないと、短大生になったのを機に(ちょっと大人になったつもりで)考えたからです。

今までの書き方だと、ただ自分の憧れで話が終わってしまう。そんな気がしていたので。

なので、ジュンも信子もさようなら。
榊原ジュンという名の少女は設定の中にいましたが、私の中ではすでに脇役でしかなくなりました。

ダグラスさんはどうしても外せなかったので、それからン十年、しつこく重要人物の位置を保ってくれてます。




さて……。
では主人公をどうしましょうか。

物語の筋書きによって、どういう立場のどういう性格の人か決まってきます。性別や、年齢も考えないといけないです。

それについてはまた次回


(つづく)


テーマ : キャラクター設定/紹介
ジャンル : 小説・文学

物語のだいたいのアウトラインを考えて、晶惺さんに提案したら、それ面白いということになりました。

異星人に支配された地球から脱出して新天地を求めて宇宙をさまよう冒険物。
で、第1話として旅立ちまでの物語を細かく考えて行こうということになりました。

……で、ここで主人公をどうするかということになります。

晶惺さんもその当時、漫画を描いたりしていました。
好きなアニメのキャラを使った、今でいう二次小説みたいな。
私もこれまで自分の作品は登場人物の顔づくりから始めていました。
好きな映画俳優さんや、身内をイメージしたキャラクター作りから。
そのイメージをもとに書くとわりとスムーズに登場人物に入っていけます。
この人ならこう考える、この人ならこう言うだろう、この人ならこう行動に移すだろう……というような。

そこでまず、どういう人を登場させたいか、とにかくお互いに人物設定をして、その中から主人公を選ぶという手順。
登場人物も色々決めていけるし、そんな中で物語の筋書きも見えてきそう。

それぞれが持ち寄ったイラストをもとに、その顔や雰囲気からどんな性格の人か、二人で話し合ったりしているうちに、その人の背景なども何となく、生れてきます。

その作業がとても楽しかった。

前回例に挙げたダグラスさんも、晶惺さんと話しているうちに私だけで考えていた頃とは違う面も見せ始めていました。



そしていよいよ、それらの中から主人公の決定です。


「ねえ、だけど。二人で書くんやから、主人公も二人にしいへん? 登場人物多なりそうやし、一人でしょっていける話やなさそうな気がする」

そんな晶惺さんの提案で、それぞれの考えた中から一人ずつ選ぶことに。

「Destiny」を読んでいただけた方なら、あれ? とここで思われるでしょう。主人公、一人だけだったと。
そうなんです。
出版のお話が具体化するまでは主人公は二人でした。
それが、1冊分で区切りのいい所でまとめようとしても、もう片方の登場場面があると、納まりきれない。
そんな理由で今回、大幅カットになったところに、もう一人の主人公がいたんです。
でも実はほんの少しだけ登場していたんですよ。
誰だったんでしょうねえ~。



まあ……こんな感じで、合作がスタートしました。

次回に続きます。
主人公二人ということで、現時点で明らかにできる一人はもちろん「Destiny」でも主役になっていたエディ君です。

このン十年、彼ほど設定が変わった人はいないなあと、よく晶惺さんとの間でも話題になるのですが。

実はこの人、以前の記事で書いていた未来の宇宙戦争物で、端役として登場しています。
名前もそのままエドワード・ウォーレン。
長い話のほんの一部分に登場する空軍のパイロットでした。
その物語では、端役としてだけしか使えなかったのですがいつか彼を主役にしてやろうとたくらんでいたのです。


もとになった設定はいろいろ。
その頃テレビで放送されたある映画の登場人物に、心惹かれてしまいまして。
その頃大好きだった、ハモンドのイメージの俳優さんが一度、私の中からかすんでしまうほど、その役柄にも演じた俳優さん(イギリス人)にも惚れこんでしまったことがあります。

役柄は架空の国のクーデターを起こす、陸軍の大佐。
大佐というにはその俳優さんはかなり若くて当時、30代後半くらい。
たぶんエリート。梯子のような急こう配の階段を昇って来た人と思われます。
奥さんはいなくて幼い娘が一人という家庭。

こちこちのエリートかなと思えば、娘と仲良しで、釣り好き、軍を辞めて釣り三昧の生活をしたいと思っていた所で友達の娘がテロリストの疑いをかけられ、殺されてしまいます。
やがてクーデターを計画し……。
というような物語。

この役柄のイメージから若い将校を設定したのが、エディのもともとの設定でした。
彼がイギリス出身なのは、この俳優さんがイギリス人だったこと。
釣が好きというのも、この映画の中の彼の役柄の一面から。
エドワードという名前はマーク・トゥエインの「王子と乞食」の王子の名から。
エディという愛称は、この俳優さんが以前に出ていたというヘミングウェイ原作の「海流の中の島々」という映画の中の役名から。

こんな風に、キャラクターの設定は色んなものから引っ張りこんできます。
しかし初めはそうでも、実際書き始めてみると、だんだん性格などが違ってくることがあります。

設定した頃は、この俳優さんよりちょっと若いめ、30前後くらいのつもりで考えていました。
言葉づかいも「海流の中の島々」の船乗りっぽい、粗野な感じ。
自分の事もたしか「俺」って呼ばしてましたっけ。

ところがだんだん、その俳優さんへの熱がさめてきました。
書いているうちに、もう一人の主人公と性格もなんだか同じようなのになって来て、差別化しないと二人主人公がいるという意味をなくしてしまいそうでした。

そのうちにまた別の俳優さんが好きになりました。
(はい……。もうお分かりでしょうけれど、私はかなり浮気者です)
ドイツ人のかなり美形さん。
書いているうちにそちらのイメージの方が濃くなっていって、だんだん性格も違ってきました。

かつてのエディの雰囲気は今現在、彼の友達のハンスに受け継いでもらってます。
ただ釣りが好きという部分はそのままのエディですけれど。


またエディの背景を考えていると、少年時代の事が書きたくなってきました。
もう1人の主人公とどういうかかわりであったのか、色々話し合って考えるうち、書こうと思っていたことのはるか前にさかのぼって、物語を作っていくようになっていました。

その流れで、当初の彼からずいぶんかけ離れたキャラクターになってしまいました。
まだまだ変更部分はありますが、まだ発表していない部分を、出版できるかどうかも分からないうちにネタばらししてもいけませんので、この辺りにとどめておきます。




(つづく)






テーマ : キャラクター設定/紹介
ジャンル : 小説・文学

晶惺さんとの合作小説の執筆は、青春そのものだったかもしれないです。
周りの友達もそれぞれ何かに夢中になって楽しんでいました。それと同じように、作品世界を語り合い、書くことを楽しんでいました。

その当時はルーズリーフに挿絵も入れて、毎日交代で書きあったり、講義の空き時間に学生食堂の片隅で構想を練ったりしました。
ある程度まで書けたら周りの友達に読んでもらったり、イラストを描いて来ては見せ合いっこしたりして。


ダニエルとヘルマン
lumix 074
エディ
ダグラスとパトリシア
ダグラスとヨーハンの手
(当時の二人のイラストです)


今のようにパソコンがあるわけでもなく、プリンターもあるわけでなく、ワープロでさえ、そんな機械があるそうだけど、100万以上はするらしいという噂を耳にするくらい。できるとしたら英語科の必須科目の英文タイプライター程度です。書いた原稿を相手に渡してしまうと次回って来るまで手元にはなにもありません。
構想自体は一応練っていたけれども、それを文章におこすと、自分が考えてもいなかったようなことが書かれて、帰って来ることがあります。それも楽しみで、わくわくしながら待っていました。


周りの友達も次第に、私たちの世界を楽しんでくれるようになりました。
登場人物のファンもできてきました。

今まで誰かに読んでもらって感想を聞く。
そんな経験がなかったので、そんなことも楽しんで。

やがて第1作が完成しました。
「Destiny」より7年後の物語です。
当時はそこからが始まりでした。

タカちゃんという友達がそれをお姉さんに読ませたいと言います。
「Destiny」で表紙を手掛けてくれたさっちゃんのご近所さんで、やはり私たちに付き合ってくれていた友達です。
少し年上のお姉さんもやはりこういうのが好きなんだそう。
友だちがこんなことをしていると言ったら是非読みたいと。

おそらくそのことがなければ、この後ン十年も書き続けることがなかったのではないか。
今から思うとそんな運命的な出会いがこの後待っていました。



テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

そんなわけでタカちゃんのお姉さんに読んでもらうことに。
もちろん手元にその原稿がない状態でも、続きの部分を書いていました。

第1作目の続きの所と、過去のお話。
「Destiny」でも登場したラグナロクという組織(その時は別の名前でしたが)との物語。
今では当時の設定とかなり違っていますが、「Destiny」の土台となった話。
この二つを二人で交代で書いていました。

やがてお姉さんから原稿が返ってきました。
B5のルーズリーフ10ページ分のすごい感想つきで。
とても楽しんでくれたということ。
そして疑問に思った事。
付けていた挿絵の批評。
ここは変じゃないかということも、事細かに記されていました。
最後にはお姉さんの手による、ヘスティさん(「Destiny」に少しだけ登場したエディの父の友達です)のイラストが描かれていました。
思ったまま、遠慮なく書いてくださいというこちらの希望通り、厳しい意見もふんだんにあって、本当に嬉しかったです。
それだけこちらの世界に入って来てくれたっていうことですからね。
それに妹の友達というだけで、見ず知らずの人間にはっきりだめだししてくださる気持ちがありがたかったです。

それを読んで、よ~し。もっといい物に仕上げよう。
私たちの中で何かに火が付いた気がしました。

こんな風にもっと色んな人に読んでほしいね。
二人でそんな話をするようになっていきます。

そしてある時の学校帰り、私たちは中学時代の共通の友達Nさんの家へ行くことにしました。
どういういきさつでそうなったのかは正確には覚えていません。

私は小学生の時、近所で子ども会も同じ友達でした。
晶惺さんは中学でNさんと出会い、友達になりました。
で、私たちが合作をしようというきっかけになった晶惺さんと友達の合作メンバーの一人。
共通の友達でありながら、短大まで晶惺さんと知り合うこともなかったために、Nさんは私たちがコンビを組んで、小説を書く間柄であることを知りません。
確かその報告も兼ねていたんじゃなかったかと思います。

Nさんは私たちの話を聞いて、
「本にしたら、どうなん?」
と、提案しました。
「出版ってことだと大変だけど、印刷屋さんで簡単な製本とかしてくれるよ」

そんな情報を得て、ますますやる気に。
それには費用も掛かります。
私たちにはかなりの大金でした。
私は近所の男の子に英語を教える家庭教師みたいなことをしているくらい。
お小遣いも殆どなく、家計が大変な月は小遣いなしの時も多かったです。
それでもどこかへ遊びに行ったり、おしゃれしたりすることもなく、大好きな映画も年に1度くらいに絞って、あとはテレビで放送されるのを待つくらいで、ちょっとずつ貯めていた貯金があります。
それを全部つぎ込んでも、本にしたい。
そんな思いが膨らんでいきました。

執筆中
晶惺さん撮影 白馬の某ペンションで執筆中の私


テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

本を作りたい――そんな思いは私と晶惺さんの中でどんどん膨らんでいきました。
けれど、その実現には色んなことを乗り越えないといけませんでした。

その当時私は本気で小説家になりたいと思っていて、合作で書いている物とは別の作品を準備している所でした。
舞台は第2次世界大戦時から現代(私自身が短大時代の現在)にいたる日本の関西とアメリカのシアトル。
SFでもファンタジーでもない、歴史に翻弄される人々を描きたいと思っていました。
自分の両親やその頃同居していた祖母をモデルとした登場人物も考えていました。
けれど書きはじめる前に資料を集めないといけません。
その当時の時代背景のこと。
それに、舞台となっている町のこと。
特にシアトルの気候など、図書館の海外旅行のガイドなどを参考に勉強するうちに、一つの気持ちが芽生えてきました。

アメリカへ行ってみたい。

今でこそネットで色んな所をいながらにしてみることもできますが、その当時は現地でないと。
そこの空気や人々の営みを直接見ることが作品作りに欠かせないと思い込んでいました。

そんな頃私達の短大で、ある募集がありました。
2回生の夏休みにアメリカでのホームステイ。
高校までの修学旅行のような形で、先生方が一緒に現地へ行ってくださるというもの。
行先も西海岸から、カナダのバンクーバーへも入るということで、これはチャンスだと思いました。
友だちも皆行くと言います。
学校からの旅行だからきっと親も許してくれるのではないか。
そう簡単に思っていました。

学校からもらった資料を両親に見せて「行かせてください」とお願いしました。
が、あえなくノーの返事。

父は短大入学当初肺炎になってしまったことをあげ、体が弱いのに慣れない外国なんかへ行って病気になったらどうするんだと言います。
母は今は学校へ行かせてやれるだけで精いっぱい。そんな余裕はないといいます。

費用が掛かる点については、自分でも分かっていましたし、そう言われたら諦めるしかありませんでした。

本当は大学にある国文学科へ進みたいと思っていました。
が、父は同じ系列の短大に家政科があったので、そちらへ行くよう勧めました。
家政科なら花嫁修業的な事が出来ます。
国文学科はあきらめる。
でも2年行かせてくれるなら、英語科に行かせてと泣いて頼んでやっと許してもらいました。
どんな形でも文学に触れていたかったのです。
まあ……そのおかげで晶惺さんと出会ったわけなんですが。

私は剣道やピアノがやりたかったのですけれど、実際は箏や茶道、華道、書道……。
父の中の理想像みたいなものを与えられているような気がしていました。
小説家なんてとんでもない。
それより、さっさと結婚して家庭を守っていくことが女の務めだと。


父の事は大好きでした。
けれど作家になりたいという夢はあきらめたくなかったです。
そのことだけはどうしても譲れなかった。

父に対して反抗することは絶対許してもらえなかったですから、こっそり反抗しました。
自室にいる時は勉強をするふりをしながら小説を書いていました。
父か母の足音がしたら、ノートを机の下に隠して学校の本を読んでいたようなふり。
家ではそんなふうにささやかな抵抗をしながら書き続けていました。


けれど今なら父や母が私を大事に思い、そのために外国への旅行や作家になることを反対したのだと分かります。
後にこの時アメリカへ行かせてやれなかったことが母の中のしこりになっていきました。
亡くなる直前まで。
本当は行かせてやりたかった。でも当時祖母の介護生活で、気持ちも余裕がなかった。
いっぱいがまんさせてごめんね、と何度も言われました。
そんな……そんなこと、もうどうでもいいのに。



そんな母でしたからどうしても本を出す夢の実現を見せたかったということもあったんです。
それはまたずっと先のお話ですが。
この時はただ夢ばかり追っていた学生でした。






(つづく)

テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

短大生の頃、父方の祖母が家にいました。
京都の丹波地方の人ですが、私が中学生の時祖父が亡くなって気が向くままに息子たちの家を行き来していました。リウマチの持病があって、だんだん動きづらくなって。短大時代くらいにとうとう寝たきり状態になっていました。
その頃まで、私は祖母のことをあまり好きではありませんでした。
今から思えばなぜ好きになれなかったのか、よく覚えていません。
その当時の私なりに理由はあったのですけれど、たいした理由ではなかったように思います。

何でもできる人でした。
小学生の頃に描いた絵が大人が描いたみたいな絵で、そこに付けた文章の文字も大人が書いたようでした。
女学校の先生でしたし、裁縫、なぎなた、日本舞踊、書道、絵、文芸、料理……。
全てに秀でた人であったが故にプライドも高く、何となくそりがあわない気がしていたというのもあります。

ところが寝たきりになった祖母を家族みんなで介護するうちに、私の中の祖母を嫌う何かが少しずつ消えて行った気がします。
祖母は点滴をしていたので、その枕もとで予習復習、宿題などをして、食事も一さじ一さじ口へ運びます。
当時は大人用の紙おしめはあまりなくて、母の手縫いのおしめを洗って干すのも手伝いました。

そんなお世話をするうちに祖母に対して愛おしい気持ちになれていったのが、不思議です。
本当に穏やかな気持ちでいれたし、祖母を好きである自分が嬉しかったように思います。

父に作家なんてとんでもない、と言われたおり、祖母の枕元でそのことをちょっと愚痴ったこともありました。
「あんたのお父さんかて、なんか書いとったよ。雑誌の賞狙うとか言って」
と、祖母。
「血筋なんやな。まあ、反対されてもあんたがやりたければ書いたらええ。いいもんができたら、お父さんかて許してくれるやろう」
「小説家になったら、おばあちゃんに本読んでもろていい?」
そして、今友達と合作をしていていつか本にしようって言っているということを話しました。
中学から同じ学校なのに、やっと知り合えた友達なんだと。
「それは何か意味があって、今出会ったんやね」


その祖母の一言の通りでした。
それから晶惺さんとは今現在に至るまでお付き合いが続いています。
長い年月の間に何度も色んなことが降りかかりましたけれど、それでも友情が失われることがなかったのは、二人の作品がつなぎとめてくれていたからかもしれません。


祖母は私たちの本が出来上がるのを見ることもなく、短大1回生のお正月6日、80歳で亡くなりました。




あまり好きでなかった祖母が最期には私の理解者でした。
いつか本ができたら読んでもらう。
祖母との約束でもあったのです。





(つづく)

テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

AYAKA

Author:AYAKA
「乳癌とエリちゃんに感謝。病気に負けない日々」を綴っていたあやにゃんです。

日々思うこと、自作小説の執筆裏話を中心にお届けします。
不定期更新ですがよろしくお願いします。

アメブロで、猫のウバとブログやってます。
http://ameblo.jp/ayatakelog/
(ウバのひとりごと)
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