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ご無沙汰しています。
ほんと長く放置してしまいました。

今年は特に忙しかったお盆。
16日母の初盆の施餓鬼と送り火を炊いて、一応無事に終了しました。

一連のお盆行事が終わって、昨日8月18日、世に送り出してもらって52年になりました。

臨月も近い頃でしたか、ある時父は夢を見ました。
不思議な夢だったそうです。それが父には産まれてくる子に関する予知夢みたいに思えたそう。
その夢というのが観音様の夢だったそうで、8月18日はその縁日にあたります。
なので、絶対18日に産まれると周囲に公言。
それもその時間まで言うものだから、母はすごくプレッシャーだったともらしていました。

で、その18日になって陣痛があり父の言っていた時間かっきりに誕生したんだそうです。
それが自慢だったのか、子どもの頃は誕生日が来るたびに父に、その話をされて耳にたこ状態でした。
「観音様の日に産まれたんだから、誰かの苦しさや悩みなどにも寄り添えるような人になりなさい」
よく言われました。

また私の名前は父の姉と父が一緒に考えてくれたそうです。
「人がこの子を見てあやかりたいと思えるような人になってほしい」
ということで、「肖佳(あやか)」と。

自分自身を振り返り、父の夢のお告げ負け、名前負けになっているような気もします。
しかし今生きていること、それだけでも感謝です。
辛かったことも、嬉しかったことも全てひっくるめて、私の今を作ってくれています。
命をくれた両親、出会った人、関わったこと、全てに感謝です。
これからも1歩1歩、しっかり前を見て歩いて行きたいと思っています。
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テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

またまた日が空いてしまいました。

このテーマも、今回で最終となります。初めから読んでみたいという方は、プラグインの「カテゴリー」にある「本出版までの日々」をクリックしてみてください。古い記事から順に読めるように設定しています。



さてこうして私と晶惺さんの学生時代からの夢はかなえられました。
二人ともが本気でやりたい、時間がないと思ったとたん、色んな見えない力が働いて、歯車が回り始めたように思います。

予定より早く出版できたおかげで、母にも読んでもらえることができました。
予定通りであれば、母に出版の報告はできても、読んでもらえる状態ではなかっただろう。今から思えば本当にぎりぎりのタイミングでした。

出版が決まった時、母が言いました。
「きっとお父さんが一番喜んどるよ」

若い頃、父に作家になるなんてとんでもないと言われました。
その頃作った本には厳しい意見も言われて、もう十分だろうと結婚に向けて花嫁修業をするように言われました。
それでもどうしても、書きたかった。
ちゃんとした物に仕上げて、父に認めてもらいたかった。
父の考えに縛られるのが嫌で結婚へ逃げたこともありました。
でも父が嫌いだったわけではありません。
受け入れられないことはありましたが、厳格な父をむしろ誇りにも思っていたのです。
「よくやった」
その一言が欲しかった。ずっと。

「そうかなあ。お父さんは反対してたけれど」
父の写真を見ました。
下の弟の結婚式での写真。紋付姿で厳格そうに口を一文字に結んだ父。まるで侍のような所がありました。
「反対なんかしてへんよ」
母は笑っていました。
「小説書くの、お父さんだって好きでしてたことだから。自分も作家になりたいって思ってたしね。だから本当は応援してたんよ。反対したふり。本当に好きでやりたいことだったら、親が反対したくらいではやめないやろって言ってたよ。だからあえて反対して、本気にさせたんやって。いつか子育てや親の世話とかがすんで、自分の時間が来たら、好きなだけ思い切り書いたらいいって、そう言ってた。ただね。本を出すことで、世間に自分をさらすことになるだろうからって、それは心配してたけれどね」

もうひとつ。母はある人から聞いた話として、私が苦手だった人について教えてくれたことがあります。
義母のことでした。
義母はある社会団体の活動をしていて、その活動のために殆ど家の事はしない人でした。
その活動を私に継いで欲しいと言っていたのを、断ったことがあります。
それ以来何となく風当たりが強いような気がしていました。
母が話を聞いたという人は、母と義母の共通の知り合いの人で、義母の活動を一緒にしていた人です。
その人に義母が言ったそうです。
「嫁とは距離を置くことにした。あの子にはやりたいことがあるみたいで、こっちの事はしたくないと言っていたけれど、私に代わって家の事をよくやってくれている。だから自分はこの活動も何の心配もしないでできるんだと思っている。体もそんなに丈夫じゃないのに、あれもこれも背負わせたらかわいそうや。断ったことに罪悪感を覚えなくてもいいように、距離を置いて、突き放すことにした」

そう言えば義母が亡くなる少し前、なぜか私にいつ本を出すの、と聞いてきたことがあります。
私のすることにあまり関心がなさそうなのに、何故だろうってその時は思ったのですが、そうじゃなかったのかもしれないです。
あえて関心がないように見せながらも、そうやって応援してくれていたのだとその時初めて思いました。

義母だけではありません。
若い頃は、苦手な対象だった人達が今では愛おしく思えて、その一人一人を思うだけで、目頭が熱くなります。
よくよく考えてみればその人達とちゃんと向き合わずに誤解していただけ。
私の勝手な思い込みだっただけ。
長い時間をかけてやっとそのことに気づいたような気がします。




本が出来上がった後、母は大喜びで自分の友達や知人に知らせてくれました。
そして秋、本来の出版予定の頃、大きなキャリーバッグに私たちの本を詰めて、故郷へ。
仲の良かった同窓生のお友達との会食に出席して、本を配ったのだとか。
その旅先で具合が悪くなり、こちらへ帰って来て入院。
一度は退院して、私が短大1回生の時亡くなった祖母の33回忌をやり遂げましたが、その数日後また入院。
そのまま帰って来ることはありませんでした。


思えばこの何年間で、大事な人たちとのお別れが続きました。
義父の弟にあたる叔父も、本を届けたその直後入院し、そのまま亡くなりました。
その1月後には義父の妹である叔母も亡くなりました。
そんな歳に自分も差し掛かった頃、ようやく夢が一つの形になったわけです。

自分の年齢も意識しないまま、これまでただ書き続けてきました。
出版した本はまだ長い物語の入口にすぎません。
私と晶惺さんの夢もこれで終わりではありません。
まだまだこれでいいというわけではないのです。
けれど私たちだけではここまでたどり着けなかった。
ここに書ききれなかったたくさんの人たちのおかげなんです。

感謝を忘れず、これからもずっと書いて行きます。
そしていつか父や母が待つ世界に行く時は、ちゃんとやり遂げたと報告できればと思っています。



最初にも書きましたが、このテーマの記事はこれで最終回とさせていただきます。
お読みくださった皆様、本当にありがとうございました。

ブログは続けますので、また更新したらよろしくお願いいたします。

テーマ : 雑記
ジャンル : 小説・文学

かなりご無沙汰です。
手の腱鞘炎もあって、書くのを控えていました。
何とか右のみで入力しています。

では本題。

組織検査のための日帰り手術の結果がよかったことで、私自身は命拾いをしたような気分でした。
その結果が分かった次の週、もう11月は終盤に入っていましたが、私と晶惺さんのミーティングに文芸社のKさんが加わることに。
朝早くから東京より駆け付けてくださいました。
11月中の契約ということで、もうぎりぎりだったのです。
私たちが東京へ行くつもりでいましたが、私の体のことも心配してくださったみたいです。

私や晶惺さんの交流の歴史や、この作品の執筆の裏話、このブログで書かせていただいたようなことを、かいつまんでお話しました。
同じ作品を何十年もかけて二人で書いてきたことに、まず驚かれたのですが、それだけでも価値があることだと言われました。
私たちの仲も、おそらくこの作品がなければ、また違っていたかもしれないです。
二人で作って来た物。晶惺さんの作品でもあるので、二人の名前で出していただけることになりました。
それに所々晶惺さんの文章も紛れ込んでいますしね。

契約内容の詳細は、作品の内容やボリューム、また色んな条件で変わるということですので、書くことはできません。
ただ全体を通して長く、人間関係も複雑ですので、いくらか整理しないといけなさそうでした。
1冊のボリュームはだいたい決まっていて、(文字の大きさなど含めて売れ筋の本の体裁があるようです)まずそこに収まるだけに絞ってほしいということでした。
提案として、最初のエピソードを1巻分にまとめてみて欲しいと。
12月から3か月以内に仕上げてくださいとのことでした。

そんな形でその日のうちに契約。
12月からは第1話のまとめ作業に入りました。

第1話だけでも文芸社さんから言われたボリュームは、もともとの原稿の半分以下。
晶惺さん担当の抜け落ちた分を書きこんだらそれ以上の削除をしないといけません。

大変そうなので、文芸社からデビューし今では執筆アドバイザーもされている中園直樹先生にアドバイスをもらいながらの作業でした。
最初は大変だなあって思ったのですが、やって行くうちになんだか楽しくなってきました。
先生のアドバイスもあって、当初二人主人公でやっていくつもりでしたが、今回のエピソードでは一人が傍観者的な位置にあり、べつにいなくてもいいのじゃないかというわけで、今後のために匂わすだけの登場。
主要人物もそれにともないかなり削除。

そんなことで主軸が定まると、面白いようにぜい肉が落ちて行く気がしました。
3か月以内でやれるかどうか心配でしたが実際は12月末、文芸社さんがお正月休みに入る頃に脱稿。

お正月明けにKさんから、合格と編集さんへ原稿を回すとの連絡をいただきました。
「脱稿おめでとうございます」
電話越しのその声に、感激して答える声が震えました。
「予定よりかなり早いですが、お母さんのこともあるから、大急ぎで出版に向けて動きます。出版日も早められるようにしますね」
Kさんは素早く動いてくださったようで、秋10月か11月出版予定だったのが、8月出版と言うことになりました。

その後は担当に決まった編集のSさんとのやり取りの中での、原稿整理。
その頃、私が膠原病原因の糖尿病で入院が決まっていたので(病院には事情を話して入院は全ての作業が終わってからということにしてもらっていました)窓口は晶惺さんが引き受けてくれました。
晶惺さんも共に本が出来上がるまでの過程を楽しみながらの数カ月。

いよいよ校正に入りましたが、殆ど手を入れるところがないと言うことで、赤入れがほとんどない白っぽいゲラで順調に印刷、製本に回されることになりました。

こうして8月1日、当初の予定より早く、自分の誕生月に出版の運びとなったのです。

多くの人のおかげで、母が本を読めるくらいに元気なうちに。



(つづく)



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その年の11月は意味深い月となりました。

文芸社さんからの感想には物語の内容への細かくも嬉しい評価と共に、出版できる作品であり、ぜひ後押しさせてほしいということが書かれていました。
ただ前回も書いた通り歯抜けの部分があります。
その部分を埋めて、さらに最初のエピソードの部分を1冊分に縮めた訂正稿を用意してほしいと言う事でした。
最初のエピソードだけでも、文芸社が考えている本の体裁としては、長すぎるということです。

Kさんからも電話があり、契約を急ぎたい様子でした。
母の状態、私も日帰りですが手術を控えているということ、そんな身の回りの状況もお話していたので急いだ方がいいとの判断であったみたいです。
正式な契約書の作成のために、だいたいの契約内容も伝えてくださっていました。
11月末、Kさんが東京からこちら関西に来てくださるということに。
その時は晶惺さんとも会いたいということでしたので、彼女にもそのことを告げました。
しかしまだその時は私も晶惺さんも実感がわかないまま、波に流されていくような、そんな感覚でいました。
あまりに話が早く進んで、夢を見ているようで。

しかし現実、その前に乳腺外科の日帰り手術があります。
その数日前内科の方の通院日でしたから、いつものように自転車で病院に向かう途中、信号待ちの所で出会ったおじさんに声をかけられました。
「〇〇さん」
と私の名を呼んで。
乳腺外科の主治医S先生が同じように自転車で信号待ちをされていました。
手術を前にちょっと不安を見せる私に
「ドレナージの痕に転移することは滅多にないけれど、念のためだからね~。すっきりしてお母さんを安心させたげて」
と笑顔でおっしゃいます。
不安な時にそんな風に先生から言ってもらえるような状況も作ってもらったのは、何だか不思議でした。

そう。不安を取り除いて、それから夢をかなえよう。
その道筋ができたということを母に報告して喜んでもらおう。
それが母の生きる希望につながれば、と思いました。

その時から手術に不安はなし。
全て先生にお任せで、手術の当日を迎えました。

手術は約30分ほど。
部分麻酔で、S先生自らの執刀でしたからお話しながらの手術でした。
その1週間後くらいだったか、状態を診てもらうのと検査結果を聴くための通院。
「大丈夫だった。体質でできるケロイドみたいなの。良性って分かってたら、形成外科か皮膚科の方がきれいな傷口になったやろうけれど、ごめんね」
けれどその傷跡も、左の乳房をなくした時と同じで、命と希望をもらった証になりました。

その結果はすぐに母に電話で知らせました。
本当に喜んでもらえました。
でも
「あんたの癌は私が持っていくから」
という言葉に、母自身、もう覚悟を決めていることを感じました。
「そんなこと言わんとって。もうちょっとで、私らの本ができるねん。ちゃんとそれも見届けてくれな、あかんよ」

私は命をもらった。
まだ時間を与えてもらえた。
今度は母も……。
そんな思いも。

私の夢がかなったら、母もそれを見届けたいと願うだろう。
生きて見届けたいと。
少しでも希望を持ってほしいと、切に願いました。


(つづく)


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ジャンル : 小説・文学

しばらくご無沙汰してました。
このテーマの記事もあと少しです。

晶惺さんに電話を入れ、こちらの方まで来てくれたのですけれど、その時はもう彼女も何の話かわかっていたようでした。
そう。
母の事もあり、自分の体も不安だし、できるだけ早く作品を完成させたいということ。
彼女には従妹が絵本を出したことを伝えたので、それに刺激を受けてることも多分見抜かれていたのでしょう。
そして私がそのために何を言いだすのかも。

彼女が何度も書き直しているシーンはいくつかありました。
その部分が歯抜け状態のまま、私が書く部分はどんどん進んでいました。
その上次のエピソードの所の決着シーン(これに関してはまだ出版していない部分になりますので、内容は書けません)が二人の間でなかなかまとまらず、私もその手前あたりで何度も書き直しをしている状態。
この状態が続くようでは、完成っていつになるんだろう。

そう切り出した私。
またしても彼女から原稿を取り上げようとしていました。
もう待てない、そう思ったのです。

「母はね、抗がん剤しなければ1年頑張れるかどうかっていう所らしいの。できれば母が元気でいてくれる間に本を出すめどが欲しいの。だから……」

言いだすのがその場になってもためらわれました。
言葉を濁す私に晶惺さんは待ったをかけました。

「それ以上言わなくていい。分かってるから。あやちゃんのしたいようにして。私への気兼ねはいらんから」

二人とも涙ぐんでいました。

こうして晶惺さんが書いていた部分は私に託されました。
ただし、彼女の意見もちゃんと言ってほしいと言うことを条件に。
これは私だけの作品ではないのですから、彼女にも何らかの形でかかわってほしいと思いました。

そんなミーティングの直後だったのです。

1本の電話が。
相手は文芸社のKさんという方でした。
実は従妹の絵本についていた読者カードに感想を書いて送っていたのです。
彼女の後押しになればいいな、彼女が続編も出せたら素敵だなと。
もののついでに、自費出版の資料でも送ってもらえないかな。
そんなこともちょっと考えて「あなたも何か出版したいものがありますか?」というアンケートのコーナーに丸を入れておきました。
そのことでの、お電話だったのです。

丁寧な言葉づかいで、もしよかったら原稿を読ませてください、というKさん。
まだ完成していないし、途中抜け落ちている状態ですけれど、と私。
それでもいいから、送ってもらえませんか、とKさん。

私の一存で決められない事情を話すと、ではそのパートナーの方と相談して、ということでとりあえず電話は終わりました。

すぐに晶惺さんへ電話を入れました。
二人ともが出版を本気で急ごうって思ったとたんのこの電話。
のってもいいかどうか、かなり迷いがありました。
でも彼女と話をしている間にだんだん、これはチャンスなのじゃないかと思えるようになってきました。
何かに導かれてという気がして。
それに絵本を出してる従妹がいます。
先に体験してくれてる人がいることが、Kさんを信じてみようと言う気になりました。


こうして二人で書いてきた物を、出版社の社員さん達に読んでもらうことになります。
その何日かのちにはまたKさんから電話。

「大作ですね。1冊にはまとまらないから、最初のエピソードの所だけ、うちの部署で読んでもらっての感想になりますが、数日後には送らせていただきます」

Kさんには先の方のエピソードまで読んでもらっていました。
どんな感想が来るのかたのしみでした。
ずっと二人だけの世界だった作品に他の方の目が入るのです。どんな評価がでるのか、どきどきしました。



伯母の葬儀のあった11月、つまり従妹に文芸社から絵本出版の話があった11月の1年後に当たる11月のことでした。




(つづく)




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プロフィール

AYAKA

Author:AYAKA
「乳癌とエリちゃんに感謝。病気に負けない日々」を綴っていたあやにゃんです。

日々思うこと、自作小説の執筆裏話を中心にお届けします。
不定期更新ですがよろしくお願いします。

アメブロで、猫のウバとブログやってます。
http://ameblo.jp/ayatakelog/
(ウバのひとりごと)
リンクからどうぞ→




武美肖佳&龍未晶惺の名で、学生時代からの親友とこのたび文芸社から本を出版しました。

「DESTINY―遥かなる宇宙より―」
武美肖佳(たけみあやか)
龍未晶惺(たつみしょうせい)

四六版・並製268頁 
定価1,155円(消費税込み)
文芸社
ISBN978-4-286-12296-0

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